Kaldi’s 

travels

一週間も降り続いた雨が、ようやく止んだ。

水かさの増した川の音は、まだ凄まじいものがあったが、それ以外は殆ど静かだ。

 

ここらじゃ、こんな日のことを“雫ウタの日”なんて呼んでる。

樹の葉に残った雨粒が、ポロンと音を立てて地面に落ちる。

あちこちから聞こえてくるその音が、まるで歌のように聴こえるからだそうだ、素敵だろ?

かつて僕の暮らしていた村では、そんなシャレた名前なんてなかった。

(聞いたことがなかっただけかもしれないけど)

この森に来て何日になるか…。

(あ、答えは簡単さ、この日誌のページを辿ればハッキリわかる!

いつか忘れてしまった自分自身の為に、そのことを残しておくよ。ページの端っこに折り目もつけた。

いいかコーディー?ここに自分で書いたことを忘れるな?)

ライフスタイルが360度すっかり変わってしまったあの日、僕は“目の前が真っ白”の意味を初めて理解したと思う。

今でも昔のことは、まだ鮮明に覚えている。母さんや父さんの顔も、兄弟姉妹達の顔も、友達や職場仲間のことも。

自分がどんな食べ物が好きで、何が嫌いで。将来どんな生活を夢見てたかとか…。

 

その記憶が、今の僕には時に残酷で…。

帰りたいと思う。けど不思議なことに、今の僕にとって別にここの生活が嫌ってわけでもない。

仲間と呼べる奴らでさえ、180度変わったわけだが…、これがなんと皆良い奴!合わない奴もやっぱりいるけど…。

この生活に自分が慣れてきたのかもしれない。もし過去に戻ることが出来て、この森に来たばかりの僕に「ここの生活も悪くないよ」なんて言ったら、きっとぶん殴られるんだろうな!

また急に不思議なことが起こって、次はいつ記憶がぶっ飛ぶかもわからない。

(だから僕は、一日の終わりに必ずこの日誌をつけると決めたし、今日もこれを書いている。

いいかコーディー?このことこそ忘れるな?)

さぁて、まだまだ書きたいことは沢山あるが、そろそろ終わりにしよう。

良くも悪くも、明日もきっと大冒険の一日だ。

今日は何日?…そこだけは今も昔もどうも思い出せやしない、困ったもんだ!

まいった時にこそ、ホッと一息、母さんの自家製ジュースが飲みたくなる。

花梨とレモンとハチミツのジュース。あいつにジンジャーを少々、これが最高さ。

昔の記憶が急になくなったとして、あの味のことはきっと一生忘れないさ。

“雫ウタの日” コーディー・サッチャー

​プロローグ

© 2006.8.18 olive -Akira Sugihara-

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