絵本『風民の詩』本文


テーマワード:Here I Am-ここにいるよ-  (I am here×)


どこに居ようが心は大好きな場所に、大好きな人の傍にあり、その想いが突き動かすものがある。

※ ノンブル【挿絵内容】

P1【訪れる旅人(伝説より)】

 はるか昔より、森と共に暮らす小さな国がありました。

 そこにはまだ、大いなる神秘が信じられていました。

 恩恵を受け、恩恵を返すこと、それはこの地の掟であり、森と人を繋ぐ証でもあったのです。

 …訪れた一人の旅人が掟を破るまでは。

 

 

P2【下に霧の中から現れる森、もしくは傷ついたジャン(虎)の森】

 

 

P3【扉 遠くに見えるクレメンズ、河と海】


風民の詩 絵・文 杉原明

 

 

P4-5【向かおうとするケイと、呼び止める父】

 ある小さな町に、ケイという名の旅人がいました。

 ある日ケイが身支度を整えていると、見送りにきたお父さんが、ルンタという国にだけは行かぬよう言いました。

 「それはなぜ?」ケイは尋ねました。

 「まさにその国へ向かおうとしていたところだ、親友のアキが滞在しているというので」アキは旅人仲間である若者でした。
 「不吉なことが起きているんだ」お父さんは答えました。

 なんでも、国の森に人喰い虎が現れるようになり、人々は不安にかられると、小さな争いをいくつも起こすようになったというのです。

 お父さんは元々力ある兵士でしたから、国から助けを求められていました。

 しかし、自分は家族の為に故郷を離れることは出来ないと言い続けていたのです。お父さんは言います。
 「代わりに、仲間の兵士がルンタにいる。もし入国をすると言うのなら、彼を訪ねなさい」
 「わかった、気を付けるよ」
 そう言ってケイは旅立っていきました。

 しかし、かえって親友の身が心配になったケイは、お父さんの忠告を聞かず、真っ直ぐルンタへ向かっていったのです。

P6-7【茂みの獣と銃口を向けるケイ、滝の音】
 旅の途中、ケイはのどを潤そうと、小川を求めて森へ入っていきました。

 すると、どこからともなく獣の唸り声が聞こえてきたのです。

 ケイは、お父さんの言っていた人喰い虎だと思い、咄嗟に銃を抜きました。

 しかし何時までたっても獣は襲ってきません。代わりにどこからともなく滝の流れる音が聞こえてきました。
 「大いなる神秘を信じる者よ、聞くがよい」茂みの奥から獣が言いました。

 「今お前が耳にする滝の音は、大いなる神秘と共にある者にしか、聞くことは出来ぬもの。この先の国へ行けば、誰もがお前の協力を求めるだろう。人々は皆、この滝を探し求めているのだから。しかし、けして手を貸してはならぬ」
 「声の主よ、この辺りでは人喰い虎が出ると聞いていたが、それはあなたのことか?俺はこの通り、ただの旅人にすぎない。何故姿を隠すのです?人々が求める滝というものには、何か訳がお在りか?」
 しかし獣は何も答えませんでした。代わりに、何故この地へ来たかを尋ねられましたので、親友に会いにルンタを訪ねるつもりだと答えました。すると獣は、先日も一人見慣れぬ若者が、この森へのどを潤そうとやってきた、と言いました。何人もの旅人がこの森へやってきましたが、滝が現れることはありませんでした。しかしその若者が大いなる神秘を信じる者だったのかどうか、彼の前には、なにやら滝が姿を現したと言うのです。しかし、たまたま通りかかった皇族に、宮殿へ連れていかれてしまったということでした。
 「一つだけ忠告してやろう、武器は肌身離さず持っていて構わんが、滅多に人前へ出すな。さもなくば、お前も同じように捕まってしまうだろう。又、怒りに任せ殺しをすれば、たちまち災いが降りかかるであろう。」
 礼を言って森を後にしたケイは、その若者がアキでないことを祈り、ルンタへの道を急ぎました。

P8-9【カーラ】
 ルンタへ辿り着くと、カーラという名の若者に呼び止められました。

 カーラは、たまたま旅に同行していたアキの友人でした。

 ケイは握手をすると、アキは何処かと尋ねました。カーラは言います。

 「確かにこの地へ一緒に来たんだが、今何処にいるのか、まるで分らないんだ」と、このように言うのです。
 「実は酒場で、歓迎の印にと、この国のお茶を出されてね。俺は自分の分もアキに譲ってしまったので、どんな味だったのかは分からないが、それを飲んでから、急に姿をくらませてしまったんだ」
 町の人々の話に耳を傾けていると、なにやら銃を腰に提げた一人の旅人が、皇帝の元に連れていかれたという噂が、あちこちに流れています。ケイは、森で出会った獣の話を思い出しました。
 「俺が護身に譲った銃を、アキは腰から提げていたはずだ、彼である可能性もある」
 なんとかして皇帝の元に辿り着けないものかと、ケイは頭を悩ませました。するとカーラは、旅人というのが誰か分からないが、城に行きたいのであれば、俺の親友が手を貸してくれるかもしれないと、言いました。
 「ナイルという名の兵士で、ちょうどこの国の手助けをしている。俺もいずれ彼を訪ねようと思っていたところだ」
 ケイとカーラは急いで宮殿へ向かっていきました。やがて、話を聞きつけたナイルが駆け付け、宮殿へ入る手引きをしてくれたのです。

P10-11【ナイル】
 ナイルは、ケイのお父さんの言う仲間の兵士でした。

 国の手助けをしながら、国で起こる不吉の謎を調べていたのです。

 ケイは握手をすると、旅人は何処かと尋ねました。ナイルは言います。

 「確かにこの城へ一人の旅人が連れてこられたが、今何処にいるのか、まるで分らないんだ」と、このように言うのです。
 「旅人は皇帝に、国の為に力を貸してくれないかと頼まれた。だがそれを拒むと、すぐに地下牢へ繋がれたんだ。俺は直接会いはしなかったから、どんな顔の奴かは分からないがね。今朝、地下に朝食を運ぼうとしたら、姿をくらませていたというわけさ」
 ナイルの話に耳を傾けていると、なにやら宮殿中がざわめきはじめました。何事かと窓の外を眺めると、一頭の虎が町を襲っているのが見えました。噂に聞いた人喰い虎だろうかと、ケイは思いましたが、森で出会った獣のことがふと思い出されました。
 「森で出会った獣であるなら、話が通じる可能性もある」
 しかしあの温厚な声の主が町を襲うなど、在りえるのだろうか。ケイはカーラとナイルが止めるのも聞かず、町へ駆け出しました。

P12-13【人喰い虎とオオカミ】
 ケイは虎の前に立ちはだかりました。

 「虎よ、お前は森で会ったあの獣か?俺が分かるか?」
 しかし何を言っても虎は答えてくれず、低く唸りながら一歩ずつケイに近づいていきます。その目はまるで、都合よく現れた獲物を狙う、鋭い目つきでした。ケイは段々と不安になり、後ずさりをはじめました。やがて、駆け付けたナイルとカーラが、間に割って入り威嚇しますが、虎は全く退く気配がありません。
 「何故言葉が通じない、あの森で出会ったのはお前ではないのか?」
 やむを得ず、ケイは隠し持っていた銃に手をかけました。

 すると突然、目の前に一頭のオオカミが飛び出してきたものですから、驚いたケイは、銃から手を放すことになったのです。

 オオカミの負けず劣らず鋭い目つきに、虎は牙を剥きました。そして虎とオオカミの戦いが始まったのです。
 オオカミが遠吠えすると、不思議なことに、町にいた野良犬や馬たちが集まってきて、虎を追い立てました。まるでオオカミに味方しているようです。そこへ宮殿の兵士の弓矢が加勢に入ったものですから、虎は森へ帰っていきました。
 町の動物たちは元来た場所へ散り散りに帰っていく中、オオカミはケイへ歩み寄ろうとしました。しかし、仲間が襲われると思ったナイルとカーラに遮られてしまったので、自分も又、そのまま森へ帰っていきました。
 
P14-15【シシィの占い】
 騒ぎが収まると、皇帝はケイ達を宮殿の大広間へ迎えました。
 「虎は憎い程目にしたが、あのオオカミは初めてのことだ。次はどんな災難がふりかかるか分からん」
 そう言って宮殿の予言者であるシシィおばあさんに、未来を占ってもらうことにしたのです。シシィおばあさんは動物の声を聴くことが出来る不思議な女性でした。シシィおばあさんは町でオオカミに加勢した動物達から話を聴き、羊の骨を使って占いを始めました。
 「内なる声に耳を澄まされよ」シシィは言いました。「かつて破られた掟により、失われし信頼は大きいが、絆を取り戻さんことには、国は収まることはないだろう。そして怒り狂う虎を鎮めるには、聖なる森に通じる滝を見つけ出すこと。そしてその滝を見つけ出せるのがよそ者、つまり旅人だ」
 シシィが毎度同じことを言うものですから、皇帝は旅人を見つけては宮殿に招き、虎退治や滝を探し出すよう、協力を求めてきました。しかし頷く者は殆どいなかったのです。皇帝は頭を悩ませました。
 「あの地下牢へ捕らえた旅人は腰から銃を提げていた。あれは以前、依頼を断った兵士の息子のものに間違いはない。噂によれば、戦い慣れた旅人だったはずだ。あやつの協力があれば、虎を殺し、滝を見つけだすのも容易いことだったのに、まんまと逃げだしおって」
 大臣や貴族が皇帝をなだめている間、シシィはケイにこっそり、立ち寄った森へ今一度向かうように言いました。
 「人は誰しも内なる獣を持つ。近頃それがはっきり見えなくなり、私も老いたものだと思っていた。魔法を使うと年を取るのが早くてねぇ。だが、今こうしてお前達の中に獣をはっきりと見ることができる、これはどうも年のせいではないようだね。そして不思議なことさ、あの虎やオオカミだが、何か不思議な力が見えるんだよ。この町の動物達も同じことを言うのだから間違いない」

P16-17【木のシシィ】
 翌朝、まだ国が寝静まる中、ケイたちは薄暗い森へ向かいました。

 皇帝に気付かれることなく、こっそり向かうよう、シシィに言われていたからです。
 いつかの小川へ辿り着くと、またあの獣の唸り声が聞こえないだろうか、とケイは耳を澄ませました。
 「声の主よ、近くにいるのか、我々が見えているか。シシィのお告げを聞いて森へ戻ってきた。姿を現さずともよい、どうか今一度おまえの声を聞かせてはくれないか」
 しかし何の返事もありません。すると、どこからともなく名前を呼ぶ声が聞こえてきました。声を辿っていくと、目の前に大きなケヤキが現れました。
 「安心おし。なぁに、魔法でちょっと木の姿を借りているだけで、目の前にいるのがシシィばあさんには変わらんさ」
 それは宮殿から魔法を使ったシシィおばあさんの姿でした。ケイが、自分たちはこれからどうすべきか尋ねると、シシィおばあさんは、それを伝える為にこうして魔法を使ったのだと言いました。そして小川をどこまでも辿るように言いました。ケイたちは言われるままに、小川を辿りどこまでも森の奥へ入っていきました。
 すると滝の音が聞こえてきました。いつかケイの耳にした滝の音とは少し違っています。やがて小さな滝が見え、シシィおばあさんに姿を変えました。お前たちに見せたいものがあると言うと、滝つぼの中に皇帝を映し出しました。皇子と呼ばれた若い頃の姿でした。

 

 

P18-19【滝のシシィと皇帝の過去】
 森と人が共存していた頃です。皇子にはかつて、マークという名の親友と呼べる友がありました。彼は両親が旅人でしたから、自分も幼い頃から旅をしていました。旅行記を書いて本にするくらい、面白い話をたくさん知っていたのです。皇子もいつの間にか聞き入ってしまう程、マークの話が大好きでした。
 しかし、宮殿の外へ出たことのない皇子が知っている話といえば、ただ一つ、この国と森に伝わる伝説だけでした。けれども、マークはそのお話が大好きでしたから、自分がいろんな旅話をする代わりに、何度でも伝説を聞かせてくれと皇子に言うのでした。
 ある日、マークの両親が亡くなりました。国の外に広がる森で、突然現れた人喰い虎に殺されたのです。マークは悲しみと怒りのあまり、皇子が止めるのも聞かず、虎を追って森へ入っていきました。しかしそのまま消息を絶ってしまったのです。
 「皇子は深い悲しみにくれ、いずれ皇帝と呼ばれるようになった後も、マークを探し続けるが、現れるのは人喰い虎の方だった。幾度となく森に現れ、ついには町にまで姿を現すようになったというわけさ」
 そして、茂みの向こうに「姿を現しなさい」とこのように言うのです。すると、一頭のクマが茂みの中から姿を現しましたので、ケイたちは驚きました。
 「安心おし。なぁに、魔法でちょっとクマの姿を借りているだけで、目の前にいるのがヒトには変わらんさ。」シシィおばあさんは言いました。「そうだね、マーク?」

P20-21【マークの過去と、やぶられた掟】
 「旅人よ、脅かしてすまなかった」マークは言いました。いつか森で聞いた、あの獣の声でした。そしてケイが身の上を尋ねると、情けなさそうにマークは話すのでした。
 「この森は長い間、人と暮らしを共にしてきた。だから森に入ることはもちろん、両親も安心していたのさ。まさか人喰い虎が潜んでいるなんて、思わなかったんだろう」
 
 皇帝がマークに話して聞かせた伝説とは、この地の昔話でもありました。

 何年も前のこと、この地で「大いなる神秘」と呼ばれる、大きな自然の力の存在が信じられていた時代です。

 この地へ辿り着いた人々は森に祈りを捧げました。「森よ、どうか我々を、あなたもとに暮らさせて下さい」すると森は言いました。
 「受け入れることも、否定することもできない。時の流れに身を任せここに存在するだけだ」
 大地が揺れようが、雨が降ろうが、この地に風が歌い続けるように。小川の中の水草が、どんな流れにも逆らわずそよがれ続けるように。何者が何処へ暮らそうが、我々は何一つ変わることはないのだと、このように言うのです。
 そして森と人は三つの約束をしました。
 一つは、人々は森から恵みを頂けば、その分森へ返すこと。
 二つは、ありのままを受け入れること。
 三つは、怒りに任せて殺めないこと。
 この約束は、何代の子孫や孫たちによって守られ続け、この地に誕生したルンタという国の豊かさと、森との信頼を保っていたのです。森は人を受け入れ、人は森を受け入れていました。

P22-23【クマの背、追いかけてくる虎】
 「皇子から幾度となく物語を聞いていたというのに、私は両親を殺された怒りのあまり、この国が貫いてきた約束を破ってしまったのだ。この森には「大いなる神秘」がまだ息づいている。私は森の中で敵討ちをしようとしたが、人喰い虎だと思って銃を撃った相手が、大きなクマだったんだ。突然倒れた母親に寄りそう子グマを見て、自分に起こったことを、誰かにも味合わせてしまった心地になった」
 その後マークは、泣きながら森をどこまでも走り抜け、気付くとクマの姿になっていたということです。

 今、滝つぼにはクマではなく、マークの姿が映っていました。心にまだ人が残っている証であると、シシィおばあさんは言います。そして「この森で嘘は通用しない、本当のことを映し出すんだよ」と、言い添えました。マークは尋ねます。
 「シシィよ、何故この旅人たちをこの森へ呼び出したのか。「大いなる神秘」と共にある者と知ってのことか?」
 「そうさね、あんたを元に戻す手がかりは、あの滝の向こうにあるのだから、彼等の強力が必要だろう。そしてそれが彼らの為にもなるのだから」
 急がないと、本物のクマになっちまうのは時間の問題だと、シシィは言いました。すると何やら物音がしたので、後ろを振り返ると、人喰い虎がこちらを睨みつけていました。マークは三人を背中に乗せると、勢いよく森の奥へ走っていきました。

P24-25【大きな滝】
 なんとか逃げ切ると、ケイはマークをなぐさめました。
 「シシィが言っていた滝というのは、この間、俺が聞いたあの滝のことか?滝の音が聞こえたら、真っ直ぐ向かおう、虎が現れない内に。聞けば、皇帝は大変温厚なお方じゃないか。それが今では孤独な獣だ。思い通りにならないからと、人を地下牢へ閉じ込めたりするだろうか。森との約束を守ってきた一族でありながら、易々と虎へ矢を射るよう命じるだろうか。」
 「しかし私はただの旅人でありながら、友の国の掟を破ってしまった。おかげでこの森は変わりつつある。例えば滝もそうだ」
 ケイが耳にする滝は、森の神聖な場所への入り口だと言います。掟が守られている間、滝の音は誰の耳にも届いていました。しかしマークがクマを殺めてから、森は人々を避けるかのように、滝を隠してしまったというのです。そして、不安にかられた人々も、いつしか掟のことを忘れていってしまったのです。
 「そうか」ケイは言いました。「シシィが言っていたんだ、よそものや旅人が滝の音を聞くことが出来ると。それはつまり、元々は「大いなる神秘」と共にある者だった国の人々が、力を失いかけているからだ」
 よそ者や旅人であれば、自然と共に生きる者がどこかにいるかもしれない、そのような人々の強力を得るしかない、シシィはそう言いたかったのかもしれないと、ケイは考えたのです。マークはうなだれました。ケイは優しく言います。
 「皇帝にも、人々にも森にも、あなたが必要だ。あなたが戻ることで、解決されることがきっとあるだろう。親友と呼べる友が待っているのなら、どうか助けてやってくれ。必ず会いにいってやってくれ」
 マークが頷くが早いか、間もなくして、水の流れる音が聞こえてきました。いつかの滝の音です。ケイは即座に耳を澄まし、音を辿っていきました。音は次第に大きくなっていき、やがて、大きな滝が姿を現したのです。

P26-27【聖域、水に映る過去】
 滝の奥には洞窟があり、そこを抜けると、大きなケヤキが立っていました。
 「ここは!」マークは叫びました。「クマになって、人の記憶が薄れていたのだろうか、今思い出したことがある」
 マークは両親を失う前、滝を抜けてこの場所に来たことがあるというのです。マークが皇帝と共に森へ出かけると、滝の音が聞こえるばかりか、必ずや滝の方から目の前に現れる程でした。
 ある日、皇帝とマークは、滝の中から出てくる見知らぬ男を目撃しました。男は、突然現れた滝を特別に思ったのでしょう。その男の手には、ケヤキの苗木が大事に握りしめられていました。皇帝から、滝の先にある神聖な場所について話を聞いていたマークは、男から苗木を奪い返しました。滝の先へ戻さねばと思ったのです。しかし武器を持っていた男は、マークに襲い掛かってきたのです。マークは咄嗟に苗木を滝つぼに投げ入れました。それが小川を渡り、やがて見えなくなるまで、マークは必死に男をとめたということです。
 滝が消えていきますと、男は洞窟に入っていくことが出来なくなりました。そして真っ赤になって怒り出し、そのまま森の中を荒々しく走って去って行ってしまったとのことです。
 間もなくして、冷たい風が通り過ぎ、雷がゴロゴロと鳴り出しました。そして大きな唸り声も聞こえました。人喰い虎が滝の中へ入ってきてしまったのです。

P28-29【人喰い虎の正体、撃つ】
 「掟を破るわけじゃないが、仲間を守る為には致し方ない」マークは森に詫び祈ると、虎に跳びかかりました。
 虎とクマの戦いが繰り広げられる中、ケイたちは水に映る虎の姿を目にしました。苗木を持ち去ろうとしたあの男でした。マークに止められた後、かんしゃくを起こして虎を殺めてしまったのかもしれません。最初に掟を破った者として、虎としての時間が長かったのか、今では言葉も通じぬ本物の虎と化していました。
 力及ばずマークが倒れ込むと、虎はケイたちに牙を剥きながら歩み寄ってきました。ここで戦うことも出来るが、虎を殺めればきっと自分たちも獣になってしまう。そればかりか、人と森の間に更なる溝や亀裂が出来てしまうのではないか。
 虎が跳びかかろうとしたその時、一頭のオオカミが、仲間を引き連れ立ちはだかりました。あの時のオオカミです。仲間のオオカミたちがケイたちを守るように取り囲みました。二度も邪魔に入るオオカミに、虎は大きく吠えました。
 虎とオオカミの戦いが始まると、何やら滝の外が騒めきだしました。シシィにせかされた皇帝が、家来を引き連れてやってきたのです。興奮した虎は、オオカミにガブリと咬みつくと、皇帝めがけ跳びかかりました。
 マークは虎に咬みつくと、皇帝を守りました。そして、深手を負ったオオカミへ駆け寄るケイに向かって突進してきたのです。ケイは思わず銃を抜くと、引きがねを引こうとしました。

P30-31【虎、雷に打たれ、男浄化(礼を述べるよう無言で深々と頭を下げ、魂が天に昇る)】
※ テキストなし

P32-33【マークと皇帝、ケイとアキ】
 月の光が差し込むと、マークを優しく照らしました。皇帝は言います。
 「シシィに言われ、まさかと思ったが、目を見れば、もう何も疑うことはあるまい…。どんな姿であろうと、過ちを犯そうと、たった一人の友であるぞ」
 皇帝が本来の姿でそっとクマを抱きしめると、いつしかマーク本来の姿に戻っていました。
 「皇帝…いや、友よ、どうか許してほしい。私はずっと自分が許せずにいた。それ故に逃げ続けていたのかもしれない」
 
 ケイは涙を流しました。水に映るオオカミの姿を目にしたからです。
 「やっぱりお前だったんだな」
 実はアキは、皇帝に捕らえられた後、シシィの助けによって脱獄をし、言われるままに今一度森へ向かったのでした。するとオオカミの子どもが人喰い虎に襲われているのをたまたま見つけ、銃を手にかけました。しかし、虎を狙ったつもりが、飛び込んできたオオカミの母を誤って撃ってしまったのでした。
 アキはオオカミである間、森や動物たちから事の事情を耳にしてきました。この森には「大いなる神秘」が息づいていること、過ちを起こせば呪いのように不思議な力が自分に返ってくること。そして、ケイが自分に会いにこの国へ向かっていることを知ったのです。
 アキは、ケイや仲間が武器を手に取り誰をも殺めぬよう、必死に守ってきたというわけです。
 「せっかく会えたと思えば、これでは、あんまりだ…」
 ケイは風に揺れるケヤキに祈りました。
 「ケヤキよ、俺が「大いなる神秘」すなわち自然と共にあるというのは、そうかもしれん。俺は故郷が好きだ。けどそれは、仲間と共にあるからこそでもある。自然の恵みを受け、それを返すことは今後も変わらず続けよう。しかし、これがありのままを受け入れろということならば、俺にはそれは出来ない。俺はあの虎を殺めた、怒りから殺めたのだ。これから虎になれと言うのであれば、喜んでそれを受け入れよう、だがお願いだ、どうか友だけは返してくれ…」

P34-35【再会】
 ケヤキは言いました。
 「森は恵みを与えるが、森とて受けた恩は返すもの、そしてそれを忘れはしないものだ」
 風が通り過ぎて、ケヤキの小枝を揺らしました。ケイにはなんだかとても懐かしい気持ちになりました。故郷のケヤキにとても似ていたからです。風に乗って落ちてきたケヤキの葉が触れると、アキは目を覚ましました。そしてケヤキの言葉の意味を、このように話しました。
 「森から聞いた話だけど、一人の旅人が滝つぼに投げ入れたケヤキの苗木は、小川を流れ、やがて海へ出て、今は遠く離れた浜辺の森で元気でいるのだそうだ。まさかそれが俺達の秘密基地だなんて、夢にも思わないな」
 遠い地で、自分の子孫が大切にされていることを、ケヤキは忘れてはいなかったのです。

P36-37【国と森の共存再び、マークも手伝いつつ子どもたちに森の話を聞かせつつ】
 のちに皇帝は、再び森との共存を見つめ、末永くこの国を治めました。そして、滝は再び、姿を現すようになりました。

P38-39【クレメンズの下でアキの執筆】
 アキは手帳に何やら書き込んでいました。ケイが尋ねると、マークの真似をして、ルンタでの出来事を旅行記としてまとめているところだ、と言いました。旅行記の題に頭を悩ませていると、ケイが言います。
 「どこにいても、風が心地よい国だったな。確か伝説の中で森は、風が吹くことを、風が歌うと言っていた」

 そこでアキは、旅行記の題に「風民の詩」と記したということです。
 

P40
あとがき、
奥付

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ドラマでのみ追加予定のエピソード

● ザコの登場、宮殿で皇帝をそそのかすただの悪党

● 悪党が聖域のケヤキがこの世にもう一つ存在すると知り、彼等からクレメンズを守ろうとするノーマン達

● オオカミの姿だから目に見える魂や守護神の存在(ローラの姿)

● 森で野宿の最中、皆が寝静まる中で掛け合おうとするケイとオオカミ

​● 本物の獣に近づいた時(本当の獣になってしまう直前)、言葉が通じなくなる

● マークとシシィの恋仲

絵本でのみ分かるエピソード

● マークが書いた旅行記の背表紙に「クレメンズ」と書いてある。

© 2006.8.18 olive -Akira Sugihara-

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