第3話 -席替えの日-

 「ふぁ~…」

 校舎の扉が開くのを待っている中、アキは眠たそうにあくびを一つ、目をこすりました。昨日は珍しく早朝に学校へ飛び出してきて、クラスで人気者のケイと友達になるきっかけが出来ましたが、嬉しさと興奮のあまりなかなかすぐに寝つけなかったのです。寝不足で、登校する途中に何度も転びそうになりました。アキはそんな自分のことを相変わらず“どんくさい”と思っておりました。しかし、もう“どんくさいアキ”と呼ぶクラスメイトは殆どおりませんでした。なにしろ、昨日の朝にあんな一件があったとはいえ、急にクラスの憧れの的が、今や一番の仲良しになっているのですから、みんなが不思議に思ったものです。

 無理もありません、一昨日の雨の日にケヤキの洞で起こった出来事を、誰も知らなかったのです。そう、ケイの秘密基地のことですが、約束した“誰にも言うな”を、アキはちゃんと守っていたのです。

 今日は曇り空。頭が余計にぼんやりとします。アキが二度目のあくびをしようとしたその時、急に背中をポンと叩かれましたので、咄嗟に飲み込むことになりました。花の良い香りがフワリと鼻をくすぐりましたので、振り向く前に誰なのか分かりました。

 「おはようオリヴィア」

 「おはようアキ。おやすみというべきだったかしら?すごく眠たそう」

 オリヴィアはアキの手に触れると「ほらね、あったかい」という顔をしました。眠たい時、人の手はあたたかくなるものだと、村のサッチャーおばさんから教わったことがあったのです。一つ年上のオリヴィアは、学校に通うようになる前からアキとは知り合いで、まるで弟のように思っておりました。時々世話をやいてくれますが、成長するにつれアキにはそれが時々お節介でした。特に学校では、同級生にコソコソ笑われるのがとても恥ずかしかったのです。

 オリヴィアが優しくアキの頭をなでて歩いて行き、それを見送ったアキが頭をわしゃわしゃとかきました。アキが口を尖らせていると、後ろからやってきたノーマンに「なんて羨ましい」と、頭をくしゃくしゃにされましたので、まるで寝起きのような頭になりました。

 「お前もあと2、3歳年をとれば、自分がいかに幸せ者か分かるはずだ」

 「別に分かりたくないや」

 すると誰かの手が更にアキの頭をくしゃくしゃにしましたので、遂に爆発したような頭になりました。アキは小さく悲鳴を上げると、両手で髪を整えました。その姿はまるで小さな動物が毛づくろいをしているかのようでした。曇り空のせいで地面に映る影はぼんやりとしていましたが、それでもその影、つまり犯人が誰のことだか直ぐに分かりました。アキは足を踏みつけてやろうと片足を伸ばしましたが、誰かの足はそれをサッと避けると、逆に踏みつけてきたものですから、アキは更に口を尖らせました。見上げると、ケイが「あまい」とばかりにニヤッとしてこちらを見下ろしていました。アキは黙って舌をべーっと出しました。ケイはその舌をつまんでやろうとしましたが、素早く引っ込んでいきましたので、その手で背中をポンと叩きました。

 「おはようアキ」ケイが言いました。

 「おはようケイ」アキは言うと、また舌をべーっと出し直ぐに引っ込めました。そして、「あまい」とばかりにニヤッとしてケイを見上げるのでした。

 

 教室へ入ると直ぐ、ケイはクラスメイトに取り囲まれることになりました。みんなケイの栞を見たがっていました。一見、ただの靴ヒモと木彫りのチョウチョでしたが、ケイの手作りだと知った途端、その手先の器用さにみんな驚いてしまったのです。

 「昨日もずーっと見ていたろ」とケイは半ばうんざりしている様子でしたが、もう一度見たいという子、自分で作ってきたものを見てもらいたいという子、自分にも教えてほしいという子なんかもいて、栞をせがむ目的がみんなそれぞれバラバラでしたので、チヤホヤされるのが苦手だったケイはすっかり参ってしまいました。

 チヤホヤされるって嫌なことかしら?はやし立てられるよりずっと嬉しいと思うけどな。アキはそんなことを思いながら席へつきました。すると後ろから肩を叩かれました。振り向くと幼馴染のカーラです。カーラは少し身を乗り出すと、アキの耳元で言いました。

 「今日ホントはこれから何の授業が始まるか知ってるか?」カーラはヒソヒソ声で言いました。

 「時間割通りの算数じゃないの?」アキが言うと、カーラはニヤッとしました。

 「昨日、トビンヌ先生がビルのおっちゃんと話しているのを見たんだ。近くのザリガニ川の川辺で、不思議な植物が現れたらしいんだ!」

 「不思議な植物?」アキはヒソヒソ声で言いました。

 「なんでも、“クリスタルで出来た木の実”を落とす木なんだって!」

 「クリスタル!?」

 アキが思わず大声を出したので、カーラは慌ててアキの口を手でふさぎ宥めました。しかしそんな心配なかったように、クラスメイトはケイに夢中です。アキの驚きを気にする生徒は殆どおりませんでした。カーラは続けます。

 「そうとも、ほら、先日に雨が降ったが、昨日はとっても天気が良かったろ?秋にしちゃ春みたいにポカポカしていたしな!あんな貴重な植物は滅多に拝めねぇ。野外活動を計画しようか、なんて話してるのを俺は聞いたわけよ!」

 それを聞いたアキは目を輝かせました。カーラの話が本当なら、今日は苦手な算数の授業もなし。そればかりか、学校の外へ出て、大好きな自然の中、自然について勉強が出来ると思ったからです。学校の近くにはどんな野鳥がいるだとか、どんな植物が生えているだとか、そんなことを知るのはとても好きでしたし、雨に濡れた木の香りなんていうのもとても大好きでした。想像するだけでワクワクしてしまいます。

 トビンヌ先生が教室に入ってくると、みんなは自分の席につきました。いつもの朝の挨拶と歌の時間を終えると、アキとカーラ以外はみんな算数の教科書とノート、石盤を机に出しました。​

 「それでは一時間目の授業を始めます。宿題の確認から参りましょう」トビンヌ先生は言いました。

 アキはカーラを振り返りました。カーラが「ちぇ、今日じゃなかったみたいだなぁ」なんて渋々と算数の教科書やらを机に出しましたので、アキもため息を一つ、算数の教科書に手を伸ばしました。そしてそのままいつも通りの時間が過ぎていき、間もなく下級生は下校時間、上級生はお昼休みを迎える時間となったのです。

 すっかり気落ちしてしまったアキとカーラでしたが、ここでトビンヌ先生が少し早めに授業を取りやめたので、みんな不思議に思いました。トビンヌ先生は言います。

 「さて、このまま授業を続けても良かったのですが、実は用務のビルおじさんから、みなさんに素敵な情報が届きました。とても珍しい植物が、学校の近くにあるというものです。先生もとても気になって見に行きましたところ、皆さんにも是非見て頂きたいと思いました。とても不思議で、とても綺麗な植物です。レクリエーションの予定はありませんでしたが、明日、本日のような曇り空ではなく…お日様が味方してくれたなら、野外授業に切り替えようと思います」

 アキとカーラは顔を見合わせると、目を輝かせました。トビンヌ先生は続けます。

 「本当は今日を野外活動にしたかったのですが、ビルおじさんは晴れた日の方が良いだろうと。実はその植物を見て、先生もそう思っていました。ですからみなさん、明日は楽しみにいらして下さい。帽子と、お弁当に水筒、それから…みなさんにとって一番大事なものですよ少しなら許しましょう、大好きなおやつを忘れずにね」

 誰もが喜びの声を上げる中、トビンヌ先生はさり気なくアキにチラッと目をやり微笑みました。アキが人一倍、野外活動が大好きなのを知っていたからです。そして彼は思っていた通りの喜びようでした。トビンヌ先生は軽く手を叩き、話を聞くようクラスに促しました。嬉しい時の生徒たちときたら、突然大人しくなるものです。みんながトビンヌ先生の次の話に耳を傾けました。

 「それでは、残りの時間で、明日の野外活動の為に班決めを行いたいと思います。その植物をよく観察して、どんな発見があったか、どんなことを感じたか、班ごとに発表してもらいます。さぁ、やり方はいつもと同じです、分かりますね」

 レクリエーションの班決めは、クジ引きで行われます。4つに折り込まれた紙に班の数字が書いてあり、窓側の手前の席から1班、2班と席が当てがわれ班の席レクリエーションの一日が終わるまでそのままとなります。下級生と上級生、男女の区別なく、誰と一緒になるか分かりません、皆バラバラです。

 トビンヌ先生が、教卓の引き出しからお菓子の缶を取り出しました。「今日はジャンケンで決めましょうか」先生が拳を作って片手を掲げますと、全員同じく片手を掲げました。「最初はグー、ジャンケン ポン!」クラス全員が声を合わせました。そして先生に勝った生徒だけが、教卓の前に列を作りました。先生はお菓子の缶を軽くシャッフルしてフタを開けました。中にクジが入っていることを、みんなちゃんと分かっていました。ジャンケンに勝った生徒たちは、引いたクジを大事に持って自席へ戻って行きます。最初の勝ち組の列にはケイもおりました。誰もが慎重にクジを引く中、ケイだけは適当に手に触れた4つ折りを取って、さっさと席に戻って行きました。途中、ジャンケンに負けたオリヴィアがケイを制しましました。

 「何番?教えてお願い!」

 ケイはそれを無視しようとしましたが、オリヴィアをはじめとするクラスの女の子たちがこちらを見ています。トビンヌ先生がオリヴィアを注意しようとすると、ケイはため息をつくなりクジを広げ「6班」と読み上げ自席につきました。勝ち組の女の子たちは、自分のクジを確認するなりガッカリした表情を浮かべました。オリヴィアは少し大きな声で「6持ってる男子いるー?」と呼びかけました。そして、クジを引いた勝ち組の男の子たちの様子を伺うなり「いい、みんな、まだチャンスはある!まだ4、5枚はあの中よ」と意気込みました。その掛け声に、これからジャンケンに挑む女の子たちはみんな「そうよ」とばかりに腕まくりをしたり、これからクジを引く手を大事にこすったりして、それぞれのまじないをかけました。誰もがケイと同じ班になりたがっていたのです。

 トビンヌ先生はやれやれと首を横に振り、今一度片手を掲げると、次のジャンケンを行いました。次に勝った生徒たちが、教卓の前に列を作り、また一人一人クジを引いていきます。

 「7班、ラッキーセブンだ」自席に戻ったカーラがクジを開いて言いました。ジャンケンが弱いアキは、少しでも仲良しの友達と一緒がいいなと思っていました。ケイと一緒の班も楽しそうだけれど、きっと女の子達につべこべ言われるに違いない。自分も7番、そうだ、7番がいい。どうか自分も7番を引けますように。

 「ノーマン、お前何班?」クジを引いて自席に戻ってきたノーマンにケイが言いました。

 「お別れだ6班さんよ、俺は5班」ノーマンはクジを開いて見せました。

 「そうか、達者でな5班さん」

 トビンヌ先生と3度目のジャンケンが始まりました。ジャンケンに勝ったオリヴィアは列に並びました。大きく深呼吸すると、慎重にクジを引き自席に戻りました。小声で神に祈りを捧げると、ゆっくりクジを開き、目を大きく見開きました。

 「5班ですって!?」

 オリヴィア何度かクジを開き直したり、目をこすったりしましたが、書かれた番号が変わることはなく、小さく悲鳴を上げると、この世の終わりとばかりに机に突っ伏しました。周りの女の子達が励ましたり、クスクス笑ったりする中、アキは「7」が減っていないことに胸をなでおろしましたし、ノーマンは静かに天を仰ぎガッツポーズをして喜びました。

 友達同士でこっそり自分の番号を見せ合う生徒が増える中、残り少なくなったクジはジャンケンをせずに引くことになりましたので、アキを含む残りの生徒達はぞろぞろと教卓の前に並びクジを引きました。

 アキは自席へ戻るなり、カーラにクジを取られてしまったので、気にする間もなく自分の班を知ることになりました。カーラはクジをアキに返すと「お互い頑張ろうな」と言って、席を立つ為に荷物をまとめはじめました。トビンヌ先生の号令で、全員が自分の荷物を持って、その班の席へと移動していきます。

 アキは荷物をまとめることをしませんでしたし、席も立ちませんでした。引いたクジに「1班」と書かれており、自分の席がまさに1班席だったからです。「1班」のクジを引いた生徒が集まり始める中、1人の生徒を見るなり、気持ちは一気に急降下していきました。そしてあからさまに気まずいという表情をしてしまったので、生徒は嫌みな声で言いました。

 「先生!同じ班のアキが睨んできました!」

 「え、に、睨んでない、睨んだんじゃない!」

 「ムンクル、アキまだ始まったばかりでしょ、やめなさい」トビンヌ先生は二人を宥めました。そして各班の班長を決めさせると、クジを集めてお菓子の缶へ戻すよう言い、その日の授業を終えました。

 

 

 

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